冬季オリンピックを観て思う事
オリンピックを観ていると、日本人の活躍に目を奪われてしまいます。昨年は、夏季オリンピックや大谷祥平の活躍、今年は、この冬季オリンピックの日本人選手の活躍に魅せられています。多かれ少なかれ、日本人であるなら、日本人の活躍に拍手や声援をおくるのは、自然の事です。その日本人が、メダルをとったり、大谷選手がMVPをとったりする瞬間を目の当たりすると、歓喜を上げてその活躍を見続けてしまうのは、当然だろうと思うのです。
スポーツを観る事で、私達は、日頃のストレスを発散する事が出来ます。ところが、ひいきの選手やチームが負けると、ストレスが増すのもスポーツの持つ一面です。私は、教師をしている時、ミニバスケットクラブの指導をしていました。当然、勝ち続けるという事はありません。いつかは、負けます。
強いチームであればあるほど、負けた時の衝撃は大きいです。どうしてそうなってしまうのか。負ける事になってしまう自分が許せないからです。だからこそ、一所懸命に人は、努力をします。それは、負けたくないし勝ちたいからこそです。
私は、クラブを指導しながら、本当にこれでいいのかという疑問を持ちました。これは、勝利至上主義ではないのかと。人は、長い人生一生勝ち続ける人なんていません。いつかは、負けるのです。スポーツそのものも、いつかは、引退する時が来ます。勝利至上主義でいくと、これは、敗北になってしまいます。羽生結弦選手は、北京オリンピックで、4位に終わりました。誰もが、金メダルを望んでいました。本人もそれを望んでいたようです。が、4位に終わった後の記者会見で、羽生選手は、何ともすがすがしい笑顔を浮かべながら会見に望んでいました。この笑顔は、敗者の顔ではなく、勝者の顔でした。このオリンピックで、彼の最高のジャンプであるクワッドアクセルを成功させたいというのが、彼の小さい頃からの目標でした。残念ながら転倒はしましたが、世界で最初のアクセルの認定を受けたのです。フリーを滑り終わった後のインタビューで、アクセル認定の話を聞いた後の羽生選手は、涙を堪えながらも喜びの表情に変わりました。彼の努力が報われたのです。足の痛みに耐えながら、アクセルを跳び続けた練習。そして、フリーでの認定。完全ではなくても、自分の持っている力の最高のジャンプが出来た事を喜んだのです。つまり、彼は、勝利至上主義ではなく、アクセルを挑戦することに至高の意義を見出したのだと思います。
記者会見で、彼は、挑戦することの大切さを話していました。かくいう私も、ブログを書く事が、大袈裟かもしれませんが、私の挑戦です。ブログを書き始める前、今日は、何のブログを書こうか悩み続けます。が、パソコンの前に座って、思いつくままにキーボードを打っていると、ブログが出来上がっているのです。もちろん、つたない文章で、皆様にとっては、訳の分からない文章かもしれませんが、私の考えていることが、少しでも伝われば、私のストレスもどこかにとんでしまいます。ひょっとして、誰も読む人がいなくても、自分自身が、この文章を読んでいる。それも、何度も読んでいる。そうしながら、自分の考えが分かってきます。自分の考えがわかれば、自分のストレスもまた、どこかへとんでしまうのです。
有名人が、よく記者会見をします。良いこともあれば、良くないこともありますが、その度に、会見をします。どうしてなのか?それは、決着というか区切りをつけるためです。区切りをつけるためには、自分の考えをまとめなくてはなりません。どうして、そういう事になったのか。周りの人は、その理由を知りたいのです。その理由を知ることで、納得したいのです。人は、納得すれば、次に進むことができます。人は、納得できないままの状態や理解できないままの状態に放っておかれると、ストレスがたまります。いずれにしても、どんなことでもそのままにせず、挑戦することや自分に決着をつけたり区切りをつける事で、清々しい気持ちになれると思うのです。人の人生は、長いようで短くも感じます。どんな小さい事もそのままにせず、挑戦続ける人生でありたいと思います。
さて皆様は、どんな人生をお過ごしでしょうか。よいアドバイスがあったらお聞かせください。
この二つの図形は、嘉穂郡桂川の王塚古墳のレプリカをヒントに作った図形です。古墳時代の王族は、自然の中に幾何学のエネルギーを感じ、その中で、人間の魂は、往生できる事を信じていたのかもしれません。私は、この中に入った時、プラネタリウムの中に入ったような、また、満点の夜空の中に包みこまれているような感覚を覚えました。
最近、仕事帰りにプラネタリウムの中で、アロマの匂いを嗅ぎながら疲れを癒す所があるそうです。
Neospace fuuでは、こういう図形を使ったコースターやラミネートが多数あります。透明のコースターに光を当て、その先に水の入った透明のコップを置くと、水の味が変化します。古代の人々は、図形にはエネルギーがあるという事を知っていたようです。
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