癒しの音楽編 (柔=美空ひばり)

ブログを書き始めて、色々な歌手を取り上げて来ました。日本、外国の古今東西の歌手の中で、この人ほど思わず上手いと唸る歌手はそうはいません。美空ひばりの声域は、そんなに広くはありませんし、とびっきり美声という程ではありません。しかし、それを遥かに上回る完璧に統制された七色の声と表現力は、驚嘆というほかありません。美空ひばりが創る3分間のドラマは、2時間の映画を観るような感覚さえ思わせます。もっと、長く彼女の歌を聴き続けたかったというのは、日本人であるなら誰しも思うのではないのでしょうか。

目次

 Ⅰ 美空ひばりについて

 Ⅱ 癒しの音楽編(柔=美空ひばり)について

 Ⅲ 頂上を極めた天才は、何故、短命なのか?

Ⅰ 美空ひばりについて

 美空ひばり(1937~1989)は、日本の歌手・女優・実業家。本名、加藤和江。神奈川県横浜市磯子区滝藤出身。9歳でデビューし、その天賦の歌唱力で天才少女歌手と謳われて以後、歌謡曲・映画・舞台等で活躍する。没後の1989年に国民栄誉賞を授賞。所謂、国民的歌手です。レコード・CDの売り上げ総数は、約1億1700万枚。『柔』で日本レコード大賞を授賞しています。12歳で、『悲しき口笛』で映画主演し、同名の主題歌を歌い大ヒットしてから、美空ひばりの快進撃が始まっています。
 しかし、美空ひばりは、暴力団との関係や小林旭との離婚。弟や母親との死別等の心労が重なり、52歳という若さで死去しています。美空ひばりの歴史をかいつまんで、書こうと思いましたが、あまりにもエピソードが多く、今回は、簡単に済ませる事にします。が、美空ひばりが「題名のない音楽会」で歌ったオペラ、『トスカ』のアリア『歌に生き恋に生き』をそのまま現実にしたような人生を想像すると、目頭が熱くなります。歌っている姿を偶然に聴きましたが、普段歌わないジャンルのオペラを美空ひばりスタイルでしたが、よく歌っているなあと感心したものです。未だに、歌謡曲ジャンルの歌手が、オペラを歌っている姿をそれ以来見る事はありません。そう考えると、美空ひばりの底力を感じます。逆に、声楽家が美空ひばりを歌うとどうなるのか聴いてみたいものです。今から考えると美空ひばりは、クロスオーバーの頂点に立つ天才だったような気がします。音楽には、ジャンルはありません。いいものは誰が歌ってもいいものです。その証拠が美空ひばりの『歌に生き恋に生き』でした。とは言え、美空ひばりの真骨頂は、やはり、演歌です。その演歌の最大のヒット曲『柔』を次に紹介します。

 この項では、ネットを見てもらえれば、美空ひばりの詳しい事は分かると思うので、短くしました。その分、次の項で詳しく話していきたいと思います。

Ⅱ 癒しの音楽編(柔=美空ひばり)について

 『柔』は、1964年11月に発売されたシングルです。美空ひばりは、1965年にこの曲で日本レコード大賞を授賞します。180万枚以上を売上、195万枚を売り上げた『川の流れのように』に次ぐヒットとなっています。冒頭の歌詞の「勝つと思うな、思えば負けよ」という歌詞は、吉田兼好の『徒然草』に出て来る双六の名人の言葉として出て来る、「勝たんと打つべからず、負けじと打つべきなり」がベースになっています。という事で、その歌詞を載せます。

勝つと思うな 思えば負けよ

負けてもともと この胸の

奥に生きてる 柔の夢が

一生一度を 一生一度を 待っている

人は人なり のぞみもあるが

捨てて立つ瀬を 超えもする

せめて今宵は 人間らしく

恋の涙を 恋の涙を 噛みしめる

口で言うより 手の方が早い

馬鹿を相手の 時じゃない

往くも止まるも 坐るも臥すも、

柔一筋 柔一筋 夜が明ける

 この歌は、もちろん柔道の極意を歌った歌ですが、これを、人生の極意として読み取ることが出来ます。一番の歌詞は、勝つことに懸命になり過ぎると力みすぎて自分の力を発揮できないことを言っています。この歌詞のベースが『徒然草』である事は、ネットを見るまで知りませんでした。二番は、人はそれぞれ欲や望みが当然あります。しかし、その欲や願望を時には捨ててこそ、大いなる事が出来る。その時こそ人間らしい恋の涙も流して、その涙を噛みしめる事だ。三番は、口論するより手が先に出てしまう。馬鹿とのつまらない喧嘩は、時間の無駄だ。喧嘩より、自分の柔という高い志を持って修行を続けていけば、やがて、新しい世界が開ける。 これは、私の勝手な解釈を付けたものです。

 私の66年の人生には、数えきれない程のトラブルがありました。同僚や上司との意見の違い、仕事の押し付けあい、金銭トラブルや交通事故等数え上げたらきりがありません。勿論、夫婦げんかも数知れずしました。こういうトラブルが、お互いの為に有益になる事もありましたが、そうでない事も多かったようです。その時その時は、自分にとって最良の選択をしたと思っていますが、今から考えるともっと、良い解決の仕方があったのではと考える時もあります。しかし、過去の事は変えようがありません。

そうであるなら、今ある困難を、色々な人と相談しながら、自分なりの見方考え方を見つけて行動するしかないように思います。もし、間違っていたなら、やり直せばいい。そんな風に力まず、誠意を持って、事に当たっていけたらと思うのです。この『柔』は、そんな事を教えてくれているような気がしています。作詞は、関沢新一という方ですが、この短い詞の中に色々な教訓を与えてくれました。そして、作曲は古賀政男。曲と詞がピタリとはまり、レコード大賞に相応しい楽曲となりました。

 皆さんも自分なりの解釈見つけて、この『柔』を楽しんでいただければと思います。

Ⅲ 頂上を極めた天才達は、何故、短命なのか?

 エルビス・プレスリー、マイケル・ジャクソン、ナット・キング・コール、モーツァルト、シューベルト、ベッリーニそして、美空ひばり、石原裕次郎等、思いついた短命な故人を並べてみました。以上は、病気で亡くなられた人ばかりです。が、事故等で亡くなられた人もおられます。ジェームス・ディーンや赤木圭一郎等です。日本の芸能人の中には、若く自死された方もおられます。が、ここでは、波動が低くなってしまいますので、あえて、そういう方は、話題にする事は避けます。

 ここに名前を挙げてきた方々は、皆、通常の人生に比べると、内容の濃い時間を過ごされた方達ばかりです。内容が濃いがために、それぞれ、生活習慣が乱れ自分の身体が悲鳴をあげてしまい、重篤な病におかされ、短命になったのだと推測します。

 かくいう私も、仕事がたてこみ、生活習慣が乱れ、睡眠時間を削り乍ら、なんとかかんとか生きていた時期があります。今はそんな事はありませんが、あれをしなくてはいけない、これをしなくてはいけないと真面目一途な面が出て来ると、病気になってしまいます。

 人生は、楽しむために、幸せになるためにあります。人生は、しなくてはいけないという義務や責任に縛られるためにありません。確かに、一つの事をやり遂げれば成就感を味わうことが出来ますが、それは、時間が経つといつの間にか薄れていきます。この感覚は持続しないのです。やり遂げる事の成就感を否定するのではありません。それより、ルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界』の歌詞にあるように自然の緑や花々そして、空や雲、明るい陽射しや赤ちゃんを見る事の幸せを日々感じる心を持つことや、人生を本当の意味で幸せな気持を持ち続けていく事の方が、もっと幸福になれるのではと感じます。日々、幸福であれば、病気もきっと逃げていきます。本来、人間は、そういう風に創造されていると思うのです。

 この文章を書きながら私の手がビリビリとしてきました。短命で亡くなった方々が、幸せであったかどうかは、本人が決めるのですが、とは言え、人間本来の寿命を幸せのうちに全う出来たほうが良いように思います。あなたの人生の日々を、幸せを感じながら全う出来るように、Neospacefuuが、私達の両手でお手伝い出来れば幸いに思います。お客様の幸せは、私達の幸せを増幅します。

Neo spacefuu

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