癒しの音楽編 『悲しき雨音』ザ・カスケーズ

雨に関する楽曲の第三弾になりました。雨というと悲しげな曲が多いのですが、この曲も悲しきという邦題があるので、悲しい感じの曲と思いがちです。しかし、聴いてみると雨音の擬音を使った明るくコミカルな感じになっています。この時代の洋楽の邦題が『悲しき願い』だの『悲しきカンガルー』『悲しき天使』のように悲しきという言葉を使った楽曲が流行ったため、こういう事になってしまたのでは思います。とは言え、悲しきがつくといい曲が多いのは確かなようです。自分だけそう思ってるのかもしれませんが。

目次

Ⅰ ザ・カスケーズについて

Ⅱ 『悲しき雨音』ザ・カスケーズ

Ⅲ 引き寄せについて

Ⅰ ザ・カスケーズについて

  ザ・カスケーズはアメリカ合衆国のポップスバンドです。アメリカ海軍工作艦ジェイソンの乗組員ジョン・ガモ—が、同乗するレニー・グリーンとデイブ・ウィルソンとで、バンドを組みステージ活動を始めます。除隊後、レニー・グリーンが脱退し、代わりにエディ・スナイダーが加入します。その時からザ・カスケーズとしての活動が始まります。デビューは、1962年の『悲しいわけは』です。『悲しき雨音』のB面が『悲しき北風』なので悲しいという邦題のオンパレードです。当時の日本のレコード会社は、悲しいという言葉をつければ、ヒットするという思惑が働いていたのかもしれません。もっとも、海外のアーティストは、そんな事は、誰も考えていなかったと思いますが。

 ザ・カスケーズは、1960年から1975年まで活動しています。が、私が知っている曲は、『悲しき雨音』しか知りません。

Ⅱ 『悲しき雨音』ザ・カスケーズ

 この楽曲は、ザ・カスケーズのジョン・クラウド・ガモ——が作詞作曲したものです。雨が降る(Pitt

er, Pater)を聴きながら、自分の元を去った彼女の事を思う失恋の歌になっています。曲の始めに、雷の音と雨音がします。1962年11月に発売されたこの曲は、翌年の3月に米国ポップチャートの3位になります。また、ビルボードの年間チャートでは、4位になっています。米国のほかにカナダ、ベルギー、オーストラリア、アイルランド、ノルウェイでもヒットします。

 親しみ易いメロディーと衝撃の雷の音は、雨の時期になると世界中で放送された様な気がします。というより、この曲は、様々なアーティストがカバーし、それぞれヒットしています。例えば、フランスのシルビー・バルタン、ジェイソン・ドノヴァンは、イギリスで、オランダのアイドルRob de Nijsや、ニール・セダカも歌ってヒットさせています。また、ダン・フォーゲルバーグが1990年にリリースしてアダルト・コンテンポラリーで3位となっています。

 いい曲は、誰でも歌いたくなり聴きたくなります。ビルボードで一位にはなりませんでしたが、様々なアーティストがカバーするのは、いい曲である証拠です。様々なアーティストがリヴァイバルヒットさせた日本の『上を向いて歩こう』と同じような感じがします。

Ⅲ 引き寄せについて

 引き寄せの法則という言葉を皆さんは、聞いたことありますか? 引き寄せというのは、「自分の思っていることが、自然と現実になる(引き寄せる)」という経験則の事だそうです。引き寄せは、自分にとって良い事悪い事は、関係ありません。良い事であろうと悪い事であろうと自分が思っていれば引き寄せてしまいます。まるで、磁石のようです。

 私が、このブログに載せてきた人々は、皆、引き寄せの法則を知っていたのかどうかは、分かりませんが、ヒットする予感というか成功する予感は、皆あったような気がします。予感があったからこそ、色々な人を引き寄せ、輝かしい現実を引き寄せたのだと思います。これは、科学的に証明された法則かどうかはわかりません。しかし、日本の諺に「笑う門には福来る」「類は友を呼ぶ」「噂をすれば影がさす」「人を呪わば穴二つ」があるように、良い事であれ悪い事であれ思っている事が、現実になる事は、昔の人達は、知っていたのだと思います。(思考は、現実化するという言葉も良く聞きます。)

 私は、六十数年生きてきて、自分の思っている事が、少しずつ現実に叶っている事に気づいています。娘三人は、それぞれの夢を見つめながら少しずつ帆を進めています。私は、与えられた環境を有効に利用しながら、歩んでいます。まだまだ、願望は、始まったばかりです。思い続けていれば、誰かが手を差し伸べてくれます。物は考えようです。今、私は、実をいうと67歳ですが、66歳で年をとるのをやめました。ですから、「66歳の男のひとり言」のままブログを書き続けます。年をとることを止めると、自分の身体に少しずつ変化が起きています。以前、書きましたが、私は、両膝の状態が悪く、起きている時も寝ている時も、両膝が疼いていました。その中で、毎日草取りをしています。草取りをするには、立ったり座ったりを何時間も続けなくてはいけません。膝が痛む度、「もう年だなあ。」と思っては、草取りを止めて、「除草剤を撒こう。」と何度思ったことでしょう。除草剤は、生命の成長を止めるものです。「生命を慈しむ自分が、そんなことして良いのだろうか。」 除草剤を撒くと、一見綺麗に見えますが、その土地は、生命の伊吹が消え失せます。自分自身も、生きる活力を奪われたような気になります。やはり、多少草が生えていても、そのエネルギーが充満した中で、暮らしていた方が、活気に満ち溢れて幸せな気がします。無理せずに、地道に草取りをしていたら、両膝の痛みが和らいできました。(さあ、今日も、せっせと草刈りをしよう。疲れたり雨がふったりしたら、『悲しき雨音』を聴いて一休みすれば何の問題もありません。) 人間痛いからと言って、何もしなかったら、治るものも治らないよう様な気がします。人間、養生は大切ですが、怠け者にならないようにしたいものです。

 私が、紹介してきたブログの楽曲は、人間の生命力や活力、そして癒しを聴く人に引き寄せます。ブログを読まれると同時に、Youtubeで、探されて楽曲を楽しまれて欲しいと思います。

Neospace fuu

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