癒しの音楽編 『仰げば尊し』立川清登

この曲は、卒業式で決まって歌われていた時代がありました。私と同じ世代の方は、多分この曲を歌い最後のお別れをしたのではと思います。卒業シーズンはすでに終わりましたが、この歌を歌われた立川清登さんの動画をたまたま観た時、担任の先生方の面影が浮かび、涙がとめどなく流れてしまいました。それと同時に、立川清登さんの元気な時の様々な歌声を思い出しました。最近になって、立川さんの動画をたくさん観れるようになりました。その中でも、特に印象的だったのがこの歌だったのです。

目次

Ⅰ 立川清登さんについて

Ⅱ 癒しの音楽編 『仰げば尊し』立川清登について

Ⅲ バリトンという声域について

Ⅰ 立川清登さんについて

 立川清登(1929~1985)さんは、日本のバリトン歌手。二期会所属で本名は立川澄人(たつかわすみと)と言います。立川清登(たちかわすみと)は、芸名です。大分県大分市出身で東京芸術大学を出て1953年に『椿姫』のジェルモン役でデビューします。歌劇をはじめ、ミュージカルやTV番組でもよくその姿を観ました。言葉が巧みで軽妙な語り口は、好感が持てました。いつも、背筋を伸ばし溌溂とした感じは、TVに良く出るのは当たり前という感じがしました。何といっても立川さんの優雅で優しく胸のすく歌いっぷりは、思わず聞き惚れてしまいます。1963年から4回連続でNHKの紅白歌合戦にも出場されました。その中の『運がよけりゃ』と『イエスタデイ』は、YouTubeで観ましたが、素晴らしいとしか言いようがありません。最近、紅白歌合戦では、クラシック畑の歌手が出場していないようですが、少し淋しい気がします。

 56歳という若さで亡くなられましたが、立川さんは、坂本九さんと同様、TVの画面いっぱいに広がるにこやかな笑顔が観れなくなった寂しさを今でも、感じます。一度、地元の市民会館で立川さんのリサイタルを観に行ったことがあります。しかし、この時、立川さんの歌にはいつもの勢いというか声に伸びがなく、どうしたのかなと思った事があります。このリサイタルが、亡くなる直前かどうか思い出せませんが、体調が良くなかったのは確かだったと思います。もっともっと長く歌い続けて欲しかったので誠に残念でなりません。

 人は、忙しさにかまけて、健康に留意しながら生活する事を忘れがちになります。少しでも元気に長く生を全うする方がいいように思います。が、立川清登さんの歌は、私の心にいつまでも長く生き続けていくと思います。立川清登さん、素晴らしい歌を有難うございました。

Ⅱ 癒しの音楽編 『仰げば尊し』立川清登について

 この曲は、1884年(明治17年)に発表された日本の唱歌です。卒業生が教師に感謝し学校生活を振り返る内容の歌です。特に明治、大正、昭和にかけて学校の卒業式に歌われてきました。原曲の作詞はT.H.BROSNANで曲はスコットランド民謡となっています。元はホ長調で日本ではニ長調や変ホ長調が多いようです。現在でも40代以上の人にとって日本人の心に残る歌です。

 私にとっては、小学校で音楽を担当していたこともあり、卒業式では、この曲を指揮する事が多くありました。私が指揮をした卒業式の歌の中では、この曲が一番思い出深い曲です。涙をこらえながら一生懸命に歌う在校生と卒業生の姿に私も感極まり指揮棒が、思わず大きくなってしまった記憶があります。一番は、平静に歌えるのですが、二番になると少し歌がおぼつかなくなり、三番では、皆涙をためながら、ある子は嗚咽しながら歌う姿を見ながら私は、指揮台に立てる事の幸せを感じました。式をしている空間で、子ども達の一人一人の顔を見れる最高の最後の場所である指揮台に立つ経験は、私にとって貴重な経験となりました。指揮台に立たせてくれた今までの先生方そして子ども達に感謝したいと思います。この曲を指揮できて本当に幸せでした。

 さて、次に問題の歌詞をここに載せたいと思います。日本語の歌詞は、大槻文彦・里見義・加部巌夫の合議によって作られた言われています。私は、問題だとは思ってませんが。

  1.  仰げば 尊し 我が師の恩
    (おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
    思えば いと()し この年月(としつき)
    今こそ 別れめ いざさらば
  2. (たがい)(むつみ)し 日ごろの恩
    (わか)るる(のち)にも やよ 忘るな
    身を立て 名をあげ やよ 励めよ
    今こそ 別れめ いざさらば
  3. 朝夕 ()れにし 学びの窓
    蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
    忘るる ()ぞなき ゆく年月
    今こそ 別れめ いざさらば

 『仰げば尊し』の使用が減ったと思われるのは、歌詞が「いざ」とか「いと」とかいうように、古語を含む文語調であった事と教師を賛美する内容が時代にそぐわなくなったと言われているようです。ですが、こういう言葉をせめて歌だけでも残していかないと日本の文化が廃れてしまうような気がしてなりません。

 立川清登さんは、この曲を実に見事に感情を込めて歌われています。文語調であり賛美する内容であるからこそ歌に重みが加わり大切に歌いつぎたいという思いが残る気がします。YouTubeの動画での立川さんは、目に涙をためながら歌われています。歌い崩さず、言葉を大事にし、しかし、豊かな説得力のある声で心を込めて歌われています。声楽家の歌う日本語の歌は、なんとなく違和感のある発音が気になる感じがしますが、立川さんの歌には、その違和感がなく日本語の美しさがストレートに伝わってきます。こういう歌や歌手を日本の心の文化として大切にし、長く歌いついでもらいたいと思います。

Ⅲ バリトンという声域について

 バリトンは、男声の中音域のパートです。テノールが、オペラの主役とすれば、バリトンは、その敵役というところでしょうか。『カルメン』でいうとテノールのドン・ホセとバリトンのエスカミーリョがそれにあたります。立川さんのバリトンは、カッコ良くソフトで優しくエレガントな雰囲気がありました。バリトンは、男性的というイメージがありますが、立川さんは、それに加え知的な紳士を思わせます。どんなにふざけた感じがあっても、全て緻密に計算されつくした上品さが歌にありました。

 私の声域は、バスです。バリトンの下の声域です。立川さんの歌を聴きながら、こういう歌も歌えたらと思うようになっています。あくまでも、自己満足だけの楽しみですが。バリトンのアリアは、テノールのアリアに比べて有名なアリアは、極端に少ないです。思い出すのは、フィガロの結婚の『もう飛ぶまいぞ この蝶々』、セビリアの理髪師の『俺は町のよろず屋』、椿姫の『プロベンツァの海へ』、カルメンの『闘牛士の歌』、道化師の『プロローグ』ぐらいでしょうか。ところが、テノールは、オペラの花形ですし、イタリアのカンツォーネは、テノールが歌うのが定番となっています。美しいメロディーは、ほとんどテノールが歌うに決まっています。ポップスやロックそして日本の世界でも、それは変わらず、男声が歌うのは、決まって高音域で歌われます。それはそれでいいのですが、やはり低音や中音域で歌う歌がもっと増えれば、音楽に耳を傾ける人が増えるのではと思うのです。(この話は、男声の話です。女声は、あまり聞くことがないので何とも言えません。)

 高い声ばかり聴いていると考えすぎかもしれませんが、落ち着きが無くなります。高い声を支える低音がある事で安定した楽曲が出来るのではと思います。豊かな中音域や低音域の声も聴いて温かいぬくもりのある気分になるのも一幸かと思いこのブログを書きました。


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